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Kami-Robo©2003-2014 Tomohiro Yasui / butterfly・stroke inc. All rights Reserved.
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Kami-Robo
沈黙

マドロネックサンの様子がおかしい。

かつて「格闘王」と呼ばれ、闘争心のかたまりだった
あのマドロネックサンから覇気が全く感じられない…。

どうしたんだ、何があったんだ…

マドロネックファイターは咄嗟に対応することができず、
2人の間に気まずい沈黙の時間が流れた。

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029
Kami-Robo
告白

しばらくの沈黙の後、マドロネックサンが静かに話し始めた。

もしかしたら、今日ファイターさんが訪ねてきてくれた事は
運命かもしれないですね…」

「運命…?」

「飲みますか?」

マドロネックサンはそう言って、ウイスキーをグラスに注いだ。

ちょうど良かったですよ。
実はオレ、ファイターさんと話たかったんだよね」

「…オレに 話?」

「ファイターさん、オレね… 引退を考えているんだ…」

「…!」

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老害

マドロネックサンは話し続けた。

ハッキリと引退したのって、ファイターさんだけだよね?

セミリタイヤのまま、のらりくらりと
現役を続けている連中が多いからな。この業界は。

そんなカミロボプロレス界で
唯一キッパリと引退したマドロネックファイターと
話したかったんだよね」

「ちょっと待て、 おまえ もう決断したのか?」」

「ファイターさんはどこで決断したんですか?」

「どこ…?」

マドロネックファイターに話を振りながらも、
マドロネックサンはそのまま話を続けた。

オレの場合はね… なんて言うのかなぁ… 
内面から沸き上がるものが無くなっちゃったんだよね。
目標を掲げることができないまま現役を続ける自分は…
もはや老害そのものじゃないかって思っちゃうんだよね…」
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Kami-Robo
沈黙

突然、まさかの告白を聞いて
マドロネックファイターはしばらく黙るしかなかった。

黙って遠くを見つめながら考えを整理した。

しばらくすると、マドロネックファイターは
自分の内側で何か怒りのような感情が沸き上がってくるのを感じた。

引退するとかしないとかはマドロネックサン自身の問題だ。
まわりがとやかく言う問題ではないだろう。

だとしたら、何なんだ この怒りは…

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Kami-Robo
キャラクターが一人歩きする

作者である僕は、ここまで物語を紡いできて、
と言うか流れを追ってきて、
この場面でのマドロネックサンの告白に
ちょっと驚いてしまった。

…という書き方をすると、かなり気持ち悪いと言うか
痛い感じなんだろうな…。

確かに、「お前がそういう物語を書いているんだろう」というツッコミは
ごもっともなんだけど、
マンガ家や小説家がよく言っている
「キャラクターが一人歩きする」という
感覚には、すごく共感したりするのだ。

僕の立場としては、彼らが今どういう状態にあって
どういう行動に出るだろうか、
どういう発言をするだろうか、と、心の声を聞いて
そのままストレートに書き写している、という感じなのです。

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Kami-Robo
空想が動く時

しかし、キャラクターが一人歩きをする、と言っても
勝手に動き出すわけではなく、
作者である僕の「その時の心情」が根本となる事は確かだ。

僕は阪神ファンなのだけど、この文章を書き始めた2012年の秋は
金本選手と城島選手が引退した。
そして2013年だと檜山選手。

各選手とも、明るさや気の強さが印象深かったから、
引退会見やセレモニーでの涙には素直に心打たれた。

いや、心打たれたと言うのかなぁ。なんだろうなぁ。
同世代感覚? 自分もそれなりの年齢になってきたから、
心が弱くなってしまったのかな…
とにかくズーンと鈍痛のようなショックを受けた。

でも、自分がそれなりの年齢になってきたからこそ思う事があるのです。

本当ならば、自分が追求してきた事に対しての
考え方とか哲学と言うのかなぁ、
そういうものは歳を重ねるごとに
どんどん研ぎすまされていっているはずなのです。

でも体を使ってそれを表現する場合は、
研ぎすまされた感性に反比例して表現力が落ちてしまう…
アスリートとはそういう運命にあるのだな、と。

そんな事を考えていた時に、唐突になぜか思ったのです。

あ、マドロネックサンが引退してしまう、と。

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Kami-Robo
マドロネックサンの時代の終焉

マドロネックサンの事は、実はずっと気にしていた部分ではありました。
彼はいま何を考えているのだろうか、と。

普段から考えるともなくそんな事を考えていたからこそ、
プロ野球の引退会見を見た時に
イメージの回路が繋がってしまったのだと思います。

今思うと、カミロボプロレスを発表した時点で
マドロネックサンの時代が終わった感はあったと思うのです。

それはカミロボプロレスという「ひとり遊び」が、
「聖なる一回性」を喪失した時、という事になります。

聖なる一回性とは、祭りやライブだけが持つ魅力を言葉にしたもので、
プロレス評論でも良く目にした言葉です。

「その場限りのもの、繰り返されないもの」だけが持つ力。その価値。

後になってから気がついたのだけど、実はこの感覚は
カミロボプロレスに於いても重要なキーワードだったのだ。

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Kami-Robo
一人遊びに於ける、聖なる一回性

例えば、下書き無しで絵を描く時なんかに、
心地よい「緊張」と、その先の「解放」を感じる事があるけれど、
「一人遊びに於ける聖なる一回性」とは、あの感じに近いと思う。

試合が始まると、途中でやり直す事なく勝敗が決まるまでやりきる。
試合中に、腕や脚の針金が切れてしまうハプニングがあったら、
そこで終わり。どんな大物でもあっけなく負けてしまう。

どちらが勝つか負けるか、
事前に持ってしまったイメージなんかは捨ててしまって
「自分はリングサイドに座っている一観客に過ぎない」という意識で、
試合に介入する事なく、流れに身を任せる。

カミロボ遊びとは、元々そういうものでした。

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Kami-Robo
変化の瞬間

その後、カミロボを発表するようになると、
様々な撮影や取材や出演など
対外的にこの遊びの内容を説明しなければならなくなり、
カミロボに「戦っているようなポーズ」を
取らせなければならなくなってしまった。

今思うと、カミロボプロレスが変化したポイントは
まさにここにあったのです。

なんか、こんな書き方をすると、
そのことを後悔しているように聞こえるかもしれませんが、
そういうワケではなくて、
「確実にあのポイントで変わった」という事が書きたいワケです。

その時の心理状態を詳細に書かないと
今のマドロネックサンの心情について説明できないから、
ちょっと長くなりそうだけど細かく書くことにします。

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